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景観・まちづくり新聞
トップ  >  景観・まちづくり新聞  >  Vol.13(2012/3)  >  連載コラム  高橋寛治が語るまちづくり (7)

連載コラム  高橋寛治が語るまちづくり (7)


「司馬遼太郎」 

作家であり、評論家、また独自の歴史観が広い支持を得ている司馬遼太郎さんの作品を読んでいると、
その端々から見えてくるのは美しい景色に対する憧憬と思える。
特に盟友ともいえる画家の須田刻太さんとの『街道を行く』では、「美」に対する深い想いを胸に抱きながら、待ち受けている現場から何回も落胆を繰り返され、私たちが信奉する近代の中で、いかに過去の記憶を失ってきたかが浮かび上がってくる。
先日、この『街道を行く』を書き始めて5年後、「シンポジウム 都市の復権」の中でテーマとなっていた都市「大阪」に対する発言が目に留まった。古都と呼ばれる京都との比較が絶妙であり、この対比が都市問題から景観価値の本に流れているものと思えた。
司馬さんは大阪に対して話の最後に「とにかく平凡でありますが、大阪と言うものは「われわれの都市」であり、すばらしい町にしようじゃないかという市民運動でも起こさなければみんなピントこないのですね。
ここに集まっていらっしゃる方の中に、市民がみんな思っているのだと考える人がいるなら、これは迷信であります。絶対に思ってないんであります。
少なくとも京都の、二千年の町に住む人には、街には秩序が大事だ、美観が大事だということを、市民の隅々まで知っています。ところが、京都から十三里、大阪へ淀川を下ってきますと、ここでは全く市民意識、都市意識が無くて、子供の時からここが自分の都市だと思ったこともない」(後略)
とたたみ掛けて美の根底に「自分たちの町」という意識の必要であり、大阪人の欠如を嘆いています。
この大阪の話になると大阪ガスの会長で、大阪商工会議所の会頭であった大西正文さんが「都市格について」という短編を文芸春秋に書かれて話題を呼んだことがあった。
人には「人格」があるように都市にも「都市格」と言うものがある。志を高く持ちたい。志とは「都市格」を高めること。この都市格は一つの要素ではなく、経済力をはじめ、文化、景観、市民意識などいろいろな要素から構成され、それぞれのレベルをトータルした概念であると述べていた。
  あれから20年近くなる、大阪も大阪から一時間の和歌山も美しくなったのであろうか。
  「自分たちの町」をどのように変わって来ているか。景観は「志」から始まるものといえる。

 

 

高橋寛治氏

(高は正しくは髙(はしごだか)と書きます)

プロフィール
高野山大学客員教授
埼玉大学教養学部
非常勤講師
元高野町副町長

 長野県飯田市産業経済部長として、
飯田市の活性化推進に活躍した後、
和歌山県高野町の副町長として、
高野町の活性化を推進した。

 

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