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日本サッカーの始祖・中村覚之助顕彰碑

 JR那智駅前に日本サッカーの始祖といわれる中村覚之助の顕彰碑が建っています。中村覚之助は明治11年(1878年)、この碑が建つ那智勝浦町浜の宮に生まれました。和歌山師範学校(現和歌山大学)を経て東京高等師範学校(現筑波大学)に入学した覚之助は明治36年(1903年)、日本最初のサッカー指導書を翻訳し、同校に蹴球部を創設しました。

 覚之助は明治39年(1906年)、29歳の若さで急逝しますが、現在日本サッカー協会のマークになっている熊野三山のシンボル八咫烏(やたがらす)は、日本サッカーの基礎を築く業績を残した熊野出身の中村覚之助にちなんだものといわれています。

 顕彰碑に近いJR那智駅前の「熊野那智世界遺産情報センター」には中村覚之助と日本サッカーの展示コーナーがあり、2011年FIFA女子ワールドカップで優勝した「なでしこJAPAN」選手のサイン入りユニフォームや有名選手のサインボールなどが展示されています。(2012.1.28)

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中村覚之助顕彰碑
世界遺産情報センター内展示コーナー
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